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あー。ふーん。へー。そう。
って感じで、何事にも関心を示さず、余計なことは喋らない。背筋は伸びているが伸び過ぎない。持ち物は気が効いており慎重に選ばれているが、目立たない。車に轢かれそうな子猫は助けるが、助けすぎない。周囲の評価・評判を気にしないが、決して自分の身を危険には晒さない。多くは語らない。どんな出来事も彼の心を乱さないのだろうか? いや、彼はもうそういう段階にいない。彼は、なんというか、そう、クールなのだ。彼は言う。
ふーん。
周囲はいつも慌ただしくしており、しかも、自分たちが一体何故、なんのために、終わりのない忙しさに疲弊しているのか誰も本当にはよくわかっていないので、内心では答えのない答えを探してパニックを起こしている。いや、端的に言って、様々な種類の欺瞞で不安を覆い隠している。何重にも蓋がされ、本当は自分が何を感じているのかわからなくなっている。この終わりのない忙しさが、誰かに金を儲けさせているらしい、しかしいまや痲痺した感性ではなにがなんだかわからない。自分がやっているのは非常に徳の高く社会的に意義のある仕事なのだ、と、みんなが言うので、そういうことにしている。
へー。
周囲は心身の不調を訴える者だらけだ。まともな感性があれば病気になるような環境では、感覚を痲痺させなければならない。そのためには信仰が必要だ。すべてはボスが悪い。悪いのはボス、ボスのボス、そのまたボス。そう信じる者。すべての問題は誰かが既に解いているので盲信すればいい、と考える者。偉くて有名な誰かが言っている答えを鵜呑みにしている間は現実から解放される者。何かを言っているようで一切何も言っていない言葉を崇め奉る者。
あ。そう。
様々な危険をくぐり抜けてきた彼は知っている。こいつらアホだな、などと感想を漏らすことは、非常に危険である。では、そんなクールな彼は、何故、こんなところに身を置くのだろう。そこにも欺瞞があるのだろうか。しかし彼は、何も語らない。
「家が近いから」
## 個人事業主フリーランスエンジニアになってのふりかえり
以上は、かつて 僕が想像した、『フリーランスのソフトウェアエンジニア』の想像図ですねん。
実際に僕がフリーランスのソフトウェアエンジニアになって、早六年もの時が経ってしまったようです。
六年前、とりあえず正社員を辞めてみたものの、ほかにできる仕事もするべき仕事もなく、とりあえず個人事業主ソフトウェアエンジニアとして仕事をもらって食いつなごう。ということになった。
当時は、単純に労力を売るというより、もうちょっと純粋に技術力を買ってもらえるような仕事ってないものか、などと考えてもみた。技術力ってなんやねん。それはよくわからないが、ともかく、正社員だった頃に数々の大ピンチを乗り切り、数々の伝説を社内に残してきた(はず)だったので、あの苦労に比べたら、ある意味で個人で仕事を取ったりすることのほうがいくらか簡単に思えたのだ。優秀な人々と共に予算もばっちりあるプロジェクトもやった。規模が大きく難易度も高いアレもつくった。アーキテクトっぽい仕事もした。あれやこれやした。できることはけっこうあるはずだった。
当時、それなりにお金まわりのよさそうなウェッブサービスの会社を見渡すと、はっきり言って、枯れに枯れて誰でも使えるようになった道具を組み合わせることが普通のアプリケーションエンジニアの仕事になっている傾向があるように見えた。昨今のユーザーが当然と考える体験の質や、求められるスケーラビリティに対し、方法論が追いついていないように感じた。自分が正社員で関わらせてもらったプロジェクトのほうがよっぽど進んでいるのではないか。ともすれば、こちらとあちら、情報格差によってなにか仕事になったりするかな、と踏んだのである。
その目論見はほとんど失敗した。一介のソフトウェアエンジニアであっても、誰が技術的に優れていて、誰がそれっぽいだけなのか、誰にお金を払うといいかんじになるのか。意外と見極めることは難しいらしい。技術力を売りたいならそれをわかりやすく伝えるとか、わかりやすい商品にするとか、なにかそういう歩み寄りが必要になってくる。そういうことはほぼできなかった。今でも特にできてない。
世の中には、フリーランスエンジニアを仲介する業者というものもあった。ある業者に話を聞いてみたところ、彼らは門戸を叩いたエンジニア衆を一列に並べ、機械的にラベリングをするらしい。「Rubyの経験が〇〇年」「Goの経験が〇〇年」「Pythonの経験が〇〇年」。ラベルを貼り終えると、同じラベルの者を同じ棚に並べ、同じ値段で売る。にんじんはにんじん。ごぼうはごぼう。
僕は所詮一本のにんじんではあるが、全にんじんと同じ値札を貼られるのはちょっと違うかな。と思ったので、自分で値段を決めて仕事を探すことにした。なんとなく、興味がある会社、好感を持っている企業にメールなんかしてみると、意外と返信をいただけたりして、話をする機会なんかもいただいたりなんかもした。ただ、自分でもなにをどう売っていいかぼんやりしていたので、「あどもども」「どもども」以上に話を発展させられず終わってしまったりすることもあったと思う。誘っていただいても条件やタイミングやなんやかやが合わないこともあった。積極的に優秀なエンジニア的人材を探している会社は意外に多い、という感触はあったが、目に見える実績に乏しく何をどう売ったらよいかぼんやりしていた自分を手放しで買ってくれる会社があるわけではなかった。自分で自分の値段を決めていたせいで、断わられるともけっこうあったが、そういう仕事のやりかたをしたのは初めてだったので、ほぼ無職になりかけていた点を除けば満足度は非常に高かった。
その後けっきょく、むかし働いたことのある会社の上司などから仕事をいただけることになったりした。とくに有名でもない自分に声をかけてくれる、技術への感度が高い会社さんと何度か仕事をさせてもらうこともできた。(その節はありがとうございます)
このときから今に至るまでの傾向なのだが、自分の売りかたがよくわからないので、ただのいち作業員として端っこのほうでコードを書く仕事から入ることが結局けっこう多かった。やっていることは正社員だった頃と似たり寄ったりである。
とはいえ、しばらくなんかしていると、慣れてきたり、先方との関係性も縮まったりしていったりすることもあり、もうちょっと全体の設計やなんやかんやいろいろ直したりとか、自分の経験などを活かせる部分が見えてきたりすることもある。ときには提案をしたり、勝手にやったりする。もっとお金をもらおうと思ってそうしているのではなく、そういう習性だからだ。そうこうするうち、時には、別の契約形態でコードを書くだけじゃない仕事をさせてもらったり、発展することもあった。(その節はありがとうございます)反対に、外部の人間がなにか提案をすることは嫌がられることもあった。そのへんの距離感は未だによくわからない。
けっきょく、中に入っていろいろやってみることでしか自分のできることが見えていないし、伝えることもできていないようだ。効率はよくない。また、特に改善や提案を先方が求めていない場合もあるというのは意外だった。およそ技術者的な立場を名乗るなら、なんであれ改善点やもっと先を行くアドバイスを投げたら喜ばれるのかな、とか思っていたのだが、現実にはむしろ外部の人間にあれこれ言われることは嫌がられることが思いのほか多い。自由に動くことを許容してくれる懐の深い組織はとても楽だ(感謝である)。
業務委託で外の立場で仕事をしている場合、内部の評価制度やなんやかんやとは無縁である。そのへんは、正社員だった頃よりも随分と気楽だ。
だから、自分の誤りに気がついたらできるだけ早く明確にそれを表明するようにしているし、わからないことはわからない、と明確に言うようにしている。アホだと思われる可能性もあるし、たぶん実際にアホだと思われていると思うが、大抵、くわしい人が教えてくれるので得をする。名よりも実である。自分の場合は、現場でこのような地の利をとり続けることによって、エンジニアとして一端になったと思っている。人によってこういうのをどう捉えるかはまちまちなので間に受けないでほしいが、ともかく、わからないことを表明することは新しい知識を得ることに貢献している。また、うまくいくと前提や背景を揃える手間も省けるはずだ。
時間が自由に調整できるようになったので、オープンソースライブラリの開発活動なんかも細々と続けた。というか、振り返るとライブラリ開発にかけている時間はそれなりに大きかったかもしれない。もちろんこれは直接的に対価をもらう仕事のつもりではなく、そういう習性だからやっているのだが、なんと寄付をしてくれた方々もおり、感謝であります。
本当に個人的な都合で請ける仕事を調整させてもらっているので、なんら不満がなくお世話になっている会社であっても、割に短く終了したり断わったりもしてきた。悪気はないのだけれども、ちょっと気まずい。使う側からするとかなり使いずらい人間である。
ライブラリ開発については、近年はたまにけっこうかなりレベルの高いことをやったりしているときもあったりする気はするが、とくに名声が高まったりはしていないようだ。
先に、技術者であっても知らない技術者を見極めるのはむずかしい、というようなことを書いたが、組織の偉い人が僕程度の知名度の者を観測し、きちんと評価してくれる場合、僕がすごいのではなく逆にその組織やその人がめっちゃすごい、ということがわかってきた。
ライブラリ開発がそのまま仕事につながったことはほとんどないが、例外もあった。どこまで言っていいのか確認を取っていないので名前は挙げないが、某グローバルな会社さんの、著名な方が向こうから声をかけてくれたことがあった。(あまり長くは働けなかったのは申し訳ないです)その立場にあってちゃんとコードがめっちゃ書けてエンジニアの良し悪しを見ている上、向こうから積極的に自分程度の者に声をかけているのは単純にすごい。良し悪しがわかる人というのも確実に存在しており、できればそういう場所で仕事をしたいものである。
ライブラリ開発はさほど名声を高めてはくれていないが、意外にも、自分のソフトウェアエンジニアリング能力の向上には随分と役に立った。
仕事でも、ライブラリ開発の経験があったから実装できた、けっこうおもしろい仕組み、というのも実は多い。OSS活動などが、知名度や営業力ではなく、高まった実装力のほうで仕事に役に立っている、というのは本当に意外だ。
## 今年つくったもの
### [MRubyCS](https://github.com/hadashiA/MRubyCS)
- [[2025-04 MRubyCSプレビュー版公開]]
- [[2025-06 MRubyCSプレビュー版卒業]]
今年はmruby vm を完成させた。
言語仕様とビルトインクラスとFiberを100%実装しきっているmruby VMって、本家以外だとこれだけじゃない? という気がしている。
Ruby界隈とC#界隈が遠いせいか、Ruby勢からはあまり反応がないような気がするので、もうちょっと使ってもらったりフィードバックとかもらえるといいなあ。
ともかく、個人のプロジェクトでもかなり良い感じにつかっている。
もっとRubyライブラリを充実させてもいいのだが、システムコールを伴うRubyメソッドは、むしろC#でけっこう簡単に実装できてしまうので、自分の用途ではあんまり困ってない。
曲がりなりにもこのプロジェクトをやった結果、けっこうコンピュータの動作に対しての理解度が変わった。
Unity が メモリアドレスだけのスタックトレースしかログに出さす死んだ場合のデバッグ力も上がった。
### [VitalRouter.MRuby](https://github.com/hadashiA/VitalRouter)
- [[Unityでmrubyスクリプティング]]
- [[2025-09 VitalRouter.MRuby v2]]
VitalRouter は自分のゲームの設計に対しての思想をけっこう出しているアレです。
中央メッセージブローカーでドメインロジックと 多:多の 副作用を整理する、という構造に、さらに入力のひとつとして、 mrubyスクリプトを接続できるようにしたのが VitalRouter.MRuby。
使ってくれている人もいるようで感謝である。
ゲーム開発は、設計に踏み込むフレームワークというのが非常に育ちにくい環境ですが、そのなかでなんとなくそういうものを目指したり目指してなかったりしてます。
なかなかこういうのは良さを伝えるのが難しいですが、自分の個人プロジェクトではめっちゃ重用してます。
### [VKV](https://github.com/hadashiA/VKV)
- [[ハイパー省メモリかつ高速なreadonly組み込みDBをUnityにぶちこもう]]
この前公開したやつ。
仕事をさせてもらった某企業で、メモリ使用量の課題をいろいろと見た流れで、組み込みDBの活用に興味を持った。
DBの実装については、本当に概要程度しか知らなかった気がするが、やってみたら意外と一週間程度で組み込みDBを実装できた。(readonlyだけど)
知らないアルゴリズムはAIに教えてもらえて非常に助かった。
DB界隈はけっこう細かい検証やらなんやらが論文という形で発表されていたりするっぽく、調べかたがそもそもよくわからないのだが、AI に聞くとけっこういろいろ教えてくれる。
AI のおかげで、新しい知識を得たり勉強する速度が上がった。暇なとき、プログラミング関連の気になる疑問や実装の詳細とかスマホで気軽に聞けるのでいろいろインプットがはかどっている、ような気がする。
AIにコードを書かせるということはあんましてないので、意外と仕事のやりかたはさほど変わってない。勉強とかのしかたがけっこう変わった。
## そんなかんじです
フリーランスエンジニア想像図と実際はまったく似ていないような気もするし、なにかが似ているような気もする。
具体的な話をどこまで書いていいものかわからないので、ここで言及していないお世話になった方々は多いです。改めて感謝です。
なぜ振り返りをするつもりになったのかはよくわからない。ちょっとまた違うことをしてみたいな。という気になっているのかもしれないし、 来年はまったく仕事がなくなっているのかもしれない。
とりあえず2026年は個人でゲームつくりたい。