## 謎から考えるか答えから考えるか
むかしから、人が死亡することよりも、一分間あたり東京ドーム2.4個ぶんの森林が消失していたり、地球上の昆虫が激減していることのほうが遥かに「ひどい」と思ってしまうので、今までミステリー小説というものにあまり興味をもっていなかった。「ミステリー」という区分けがされている小説は、最初に人が死亡することが決まっており、そいつが誰に殺されたか? というのが最大の「ミステリー」ということになっているらしいためです。世の中にはもっとミステリーなことがたくさんあるような気がしてなりません。この傾向は現代においても引き継がれていて、発売される最新のミステリー小説でも相変わらず、人は死亡し続け、そのことが「ミステリーだなー」と思われ続けられているらしい。
本当に現代の最新のエンタメの消費者たちが、殺人犯が誰か、みたいなことに興味を持っているともあまり思えないので、おそらくミステリー小説というジャンルは、知り尽くされたパターンのデータベースを頭に入れたごく一部の愛好家たちが、足跡だらけの踏み固められた地面の上を歩き、踏んでないところを探していくような楽しみかたをしているか、耕してからもう一回踏んでいるか、さもなければおじいちゃんだけが読んでいるジャンルなのかもしれない。
ところでさいきんは、ふつうの商業エンタメぽい漫画のなかから、そのルールやレギュレーションを守ったまま異質なほど突出して構造が複雑な漫画がたまに出現することがあるように思える。そして突出しておもしろかったりする。それらを観察してみると、明らかに最初から綿密に展開を決めてから連載してるんだろうな、としか思えない。作者のインタビューなんかを覗いてみると、たとえ読者にとって驚きの展開であっても、最初から決まっていた、というようなことを言っていたりする。ちなみに、「カイジ」で有名な福本先生も、「週刊連載なので展開は事前に決めてある」「トリックとかネタを最初に考えて、そのあとで勝負のルールを考える」みたいな発言をしていたと記憶している。つまり最近のエンタメは、けっこう、カイジのような方法論で制作されているようになってきている。ぜんぶカイジ。
展開が最初から決まっている、というのは、どういうことなんだろうか。エンターテインメントである以上は、まさか最初からそう決まっているとは予想できない形で、最初から決まっている展開を提示する必要があるはずだ。素人目には、真の正解ではない複数の偽の正解を戦わせることにすべての尺を費やしたり、噛ませ犬を強く見せることにすべての尺を費やしたり、等の手法が用いられていることはわかるのだが、そもそも、作者が予想できてしまう展開はつまらない、ライブ感がない、話が死ぬ、あんどと、むかしの漫画家はよく言っていた。この矛盾をどう解いているのか、というところにけっこう興味をもちはじめている。少なくとも、昔の漫画と違って、「キャラが勝手に動く」だとか「連載のライブ感」みたいなものは、ストーリーの行く先を決めているというよりも、あらかじめ決められた仕掛けや展開を隠す、ミスリードさせる(まさかそうならないだろうと思わせる)、あるいは、あらかじめ決められた展開へ抵抗し、逆に行くとみせかける働きとして利用されているようにかなりなったような気がする。
ミステリー小説は、最初から展開が決まっているというつくり方の最足る例、最初から決まっている展開を予想させない方法を形として保存した伝統芸能みたいなところがある。おそらく、ほとんどの場合、まず先に殺人のトリックみたいなものが明確に決まっていて、その他すべての構成要素がそれを成り立たせるために組み立てられている。答えをどのように隠したらおもしろい謎になるか、という順序で物事を考えている。論理というものを、答えから謎をつくるために使っている。
今まで、おもしろい小説とか文章というのはその反対で、読み終えた読者の脳みそに最終的に展開されるものは答えっていうよりむしろ疑問、答えは別にない、という類のものだと思っていた。おもしろい、というのは、わけがわからないがわかりたい、という気持ちに似ていると思っていた。しかしそうとも限らないらしい。現代の優れたエンタメは、最初から回答が用意されているのにおもしろい。これはたぶん、ノリでなにかと積み上げようとしても、すぐに全体が瓦解してしまうほど、要求される構造が複雑になっているため、やりたいことが明確にあるほど、それにどう到達するかを設計する必要が出てきているんじゃないかと思う(来月はまた違う感想を持ってそうではある) 。
## RubyKaigi 2026 登壇してくる
RubyKaigi 2026でます。これです。
https://rubykaigi.org/2026/presentations/hadashiA.html
主にUnityにMRubyCS を乗せる話がメインになりそうです。
RubyKaigiに来る一般Rubyユーザーから、どうもそんなに興味持たれてなさそうな気は若干してます。
30分の枠ですが、mruby をアプリケーションに組み込む際のハードルについての問題提起に重心を置くか、vm実装や最適化に重心を置くか、非同期プログラミングと言語感メッセージングみたいなところに重心を置くか、ぼんやりしてます。mruby普及のための論点を提示するか、技術的にけっこう掘っているところを自慢するか。という選択肢かもしれない。なんとなく、Rubyユーザーはためになる話よりも難解な話を求めているような気がしてきている。
## ぶたのゲーム
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いろいろあって、#ぶたのゲーム の開発はしばらく中断してたんですが、再開しました。
いつまで経っても完成しない敗因は、なにをもってゲームシステムとするか、のところが決まらないままいじっているからかな、と思う。というか、今の段階でも「ゲーム」として成り立ってないんですが、そこは割とあきらめていくことにしました。ただのギミックがある紙芝居でしかないけど、置きたかったもの、置きたかった文書をうまく配置することをゴールにしようと思う。
ちゃんとしたシナリオをつくるのはパーツが足らなすぎて、いまの能力では成り立たせるのは無理、という結論になりました。なんでそこに行くの、それあるあるパターン踏襲してるだけやん、みたいな唐突な感じをもうちょっとどうにかしたいんですが、現状の能力と労働力ではそこの綿密さをつくるに至らない、ということを受け入れよう。
あ mrubyスクリプトをたくさん書いてます。