鳥が空を飛んでいた。
鳥は普段、ものを考えないのだが、その日はとくにすることも、するべきことも、女の子とデートする予定もなく、暇だったのか、あるいは、およそ幸せとは言い難い生い立ちを持つこの鳥の、鳥なりのやるせなさ、鳥なりの苦悩、鳥なりの胸騒ぎーーの、ようなものがそうさせたのか。わからない。わからないが、とにかく、その鳥は、その日、飛びながら、こんなことを考えた。
「なぜ空は、どこまでも続くのだろうか?」
およそまともで健康な鳥は、そんなことは考えない。むしろ、なにも考えないからこそ、鳥は空を飛べている。と言える。鳥だったらみんなわかっていることだ。「どうして鳥は空を飛べるのだろう?」とか、一度でも考えてしまったら、鳥として終わりである。
通常、まともな論理的思考能力をもち、お父さんとお母さんの言うことをよく聞くような種類の動物は、空を飛ぶことができない。空を飛びたいと思っても、「ふつうに考えると、飛べるわけがない」と、至極真っ当な結論に至ってしまうためだ。逆に言えば、鳥はそういうことを一切考えないからこそ、空を飛べている。と言える。換言すれば、鳥はアホだから空を飛べている。一度でも、答えのない問いに迷い込んでしまったら、もうそんなのは鳥じゃない。鳥であるとは、どこまでも頭を空っぽにし、新鮮な風が入り込む余地を常に心に持つことでたり、その心の軽さが鳥を宙に浮かべているのだから。
しかし今回、この鳥は、考えた。「もしかして」と、鳥なりに考えた。「理論的に考えて、鳥的に考えて……」鳥は考えた。鳥なりの論理的思考能力を駆使し、考えた。
「どこまでも空が続く、なんてことは、ありえそうにない」
考えた結果、今回、この鳥はこんな結論に達した。
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> (図1) 空が大地よりも広い場合、鳥の真下に地面がない場所が出現
鳥の考察:
1. まず第一に、地上の大地は有限である。と、考えられる。
- 地上の人間は、未だに領土を争って戦争を繰り返している。従って、鳥的に考えて、大地には限りがある。
- 歴史を思い出してみよう。チンギス・ハーン、アレキサンダー大王。古代から、異様にやる気がある奴らは「世界制覇」を目標としていた。ここで、世界征服とは、大地が有限であることを前提にしていることに注意しよう。もしも、大地が無限にあるのに世界征服とか言っていたらアホである。(もちろん、大地が有限であってもアホである)
- Q.E.D。
2. つまり地上に終わりがある。このことから、空にも終わりがある。という結論が自ずと導かれる。
- (図1) のように、空だけがどこまでも広がっているとすると、鳥が飛んでいくと大地のない空が現れてしまうことになる。
- 「そろそろ陸に下りようかな?」と鳥が思ったとき、下に陸地がなかったことは一回もない。
- 以上の考察から、空には終わりがある。
- Q.E.D。
どこかに空の終わりがあるーーもちろん、この考えは平凡だ。鳥にも自覚はあった。もっと、鳥的な、空を我が物とせんとする鳥にふさわしく、自由に発想の翼を広げるべきか……? いやしかし、いかなる理論も、まずは確かな土台、基礎を積み重ねていった先にあるはずだ
。鳥なので、地に足はついていないが、しかし地に足がついた感じで考えを進めていかなければ、高い境地には届かないだろう。そのようにして丁寧につくった土台が強固であればあるほど、その上に鳥的な自由な発想が構築されうるはずなのだ。
「しかし、空に終わりがあるとすると、おかしなことになるな」
鳥は飛びながら考えた。
鳥の考察
- もしも、空の終わりが図2のように、これ以上進めない壁のようなものになっている場合、A地点で鳥は激突してしまう
- B地点、つまりA地点の真下には、 落下した鳥の亡骸が山積みになってしまうことになる。
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> (図2) 空の終わりが壁である場合、A地点に激突した鳥はB地点に落下する
ところが、鳥が山積みになっている場所(B地点のような場所)は見たことも聞いたこともない。
鳥といえど、墜落することはもちろんある。しかし墜落地点が空の終わりに沿うような分布はまったく見られない。
従って、B地点は存在しない、と考えるのが妥当だ。
このことから、空の終わりは壁ではない。と考えられる。
もしかして。
空の終わりというのは、空の始まりと同じなのではないか?
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> (図3) 空の終わりに到達すると空のはじまりへワープ
つまり、上記の図3のような形になっているのではないだろうか?
鳥が空の終わりに到達すると、またはじめに巻き戻る。
このような仕掛けになっていれば、空の広さに限りがあるとしても、鳥が「終わり」に激突することはないわけだ。空の終わりは空のはじまりなのだから。
「鳥ワープ理論」
この理論に、鳥は満足した。この発想、鳥にしておくにはもったいない。鳥は自画自賛した。しかし鳥なので、学会で発表しようだとか、鳥podcastで喋ろうだとか、有名な鳥と対談しようとか、そういった功名心は露ほどもなかった。あるのはただ探究心と、自由な心だけだった。
鳥ワープ理論が正しいとすると……
鳥の考察
- 空を飛び続けるには、以下二つの条件が必要不可欠である
1. 「空を飛べる」
2. 「空の終わりに到達すると空のはじまりにワープすることができる」
空を飛び続けるには、空の終わりに到達するとワープする能力が同時になければならない。そうでなければ、B地点に落下してしまう。
空を飛ぶことが、鳥的に考えると、まじで簡単、人間でいえばチャリに乗るくらい簡単なのに、多くの動物が空を飛べない理由が、鳥ワープ理論によって説明可能になる。
鳥の考察
- 実は、飛ぶ(1)がむつかしいというよりも、1と2の能力を合わせもつ動物がすくないのではないだろうか?
たとえば、レミングという名前のげっ歯類の動物がいる。
この動物は、奇妙なことに、集団で水に飛び込んでまとめて死亡する、といった行動が稀に観察されるらしい。
もうおわかりだろう。
鳥の考えによれば、レミングは自ら水に飛び込んでいるのではない。空を飛べるのだが、ワープすることはできないため、B地点に落下してしまうのだ。
つまり、彼らは集団自殺をしているのではない。飛行中に、空の縁に激突し、揃いも揃ってその真下に落下してしまうために、同じ場所で死亡しているだけなのだ……。
鳥の推理は、早朝の空気のように冴え渡り、様々な考察を重ね、自身の理論に改良を加えていった。
さて、この鳥は、この推理に辿りついてから数日の後、消息を絶った。現在も、この鳥の消息は不明である。
鳥はどこへ消えたのか。
任意の位置にワープする能力を開眼させ、誰も行ったことのない場所へ行ってしまったのか。
飛ぶ、という行為のメカニズムを頭で考え過ぎたために、飛ぶ能力を失い、地面に落下してしまったのか。
それは誰にもわからない。
わかっていることは、空は今日も青く、実際にそれなりに広いのだろう。ということだけだった。